テレビディナー

ジャニーズのことを、おてがる、おきがる、かんたんに。

『私のオキテ』はジャニーズアイドルの物語―対ジャニヲタ、そして世間

きょうはチキンバスケッツ*1の『私のオキテ』について書こうと思います。

この曲って2年くらい前の曲なんですね。いまさら感が本当に否めないですね。笑

きのう聞いてビビビときてブログ書くことにしたので、簡単にって感じですし(まさにテレビディナー的ですね)考えにも整合性とれていない可能性大ですが、よろしくお願いします。以下の2つでいろいろ書いていきます!

 

  • 「ブスって言ったら殺すから」の衝撃と、絶対的な自信

  • 担降りの物語、そして世間への怒り

 

最初に歌詞を貼っておきます。

私のオキテ - チキンバスケッツ - 歌詞 : 歌ネット

 

ご覧になっていただくとわかると思いますが、語尾が「~たいの」「~ないわ」などと女性的なものになっています。

これは、チキンバスケッツが“男の娘”集団であるという設定にに由来していると思います。すいません、『49』見たことないので断言できませんが…!

そのため、この歌詞は女性目線の歌詞かなと解釈できます。もちろんそれは間違えではないと思います。メインストーリーは、強気の(もしくは強がっている)女性が男性に対して抱いている複雑な乙女心、というにはかわいすぎる気もしますが、そういったところでしょうし。私がMVを作るとしたら、確実に女装させてバブリーな感じで作ります。笑

でも、「ブスって言ったら殺すから」という歌詞でサブストーリーがあるのではないか、という考えに至りました。

そのサブストーリーというのが、ジャニーズアイドル対ジャニヲタ、世間というものです。

なんじゃそりゃ、って感じですよね。笑 自分自身でもうまく言えた気がしてません。とりあえず、ということで。また、ジャニーズアイドルという語感の悪さが気になる方もいらっしゃるかと思います。ですが、ここでは『ジャニーズ事務所所属のアイドル』ということを強調したいのでご容赦ください。

ではでは、ここからは『私のオキテ』をジャニーズアイドルに寄せて考えていきたいと思います。

 

1.「ブスって言ったら殺すから」の衝撃と、絶対的な自信

最初に言いたいのは、「ブスって言ったら殺すから」という歌詞をジャニーズに歌わせることにすごく驚いたということです。容姿を売りにしているアイドルが、「ブス」と貶されることに対して「殺すから」という過激な文句で釘を刺すという構図。男性アイドルに特化し、確固たる地位を築いているジャニーズ事務所に所属するアイドルたちが歌っているという事実。なんて挑戦的なのか!とドキドキしました。

しかも、チキンバスケッツのセンターはSexy Zone佐藤勝利くん。彼の顔は正統派イケメンで本当に整っているなと思うのですが、そんな勝利くんがセンターで「ブスって言ったら殺すから」と歌うことの衝撃といったら!否定されることがないであろう容姿の彼に歌われると、なんだかもうひれ伏したくなってしまいますね……ああ……

 

そして、衝撃と同時に絶対的な自信も感じるわけです。「俺たちのことブスって言うの?言うわけないよね」という、ジャニヲタへの態度。ジャニヲタが自分たちを「ブス」だと言う可能性が彼らの中に少しでも存在したら、「殺す」なんて歌えないんです。「ブス」だと言う可能性がゼロだから、彼らは「殺す」という可能性もゼロにでき、歌える。ちょっと論理の飛躍も感じられますが、これが「ブスって言ったら殺すから」という歌詞から絶対的な自信を感じた理由です。

この歌詞からは高圧的な感じすら漂うのですが、それでも歌詞に納得してしまうのは彼らがジャニーズ事務所に所属するアイドルだから。もちろん9人*2もいればそれぞれの容姿に好き嫌いは出てくると思いますが、ここではジャニーズ事務所に所属している人はカッコイイ人が多いから所属している人はみんなカッコイイ、という帰納的な考えで話を進めました。

勝利くんには個別で触れてしまいましたが、彼がこの歌詞を歌っていることに対して一番の驚きを覚えたのでご容赦ください…。

 

2.担降りの物語、そして世間への怒り

「離婚の危機」とか「男女の不条理」とか、これまたすさまじい歌詞が並ぶな…と思った2番。ジャニーズのアイドルが歌う曲なんでしょうかね?笑 キラキラしたアイドルたちが人生のドロドロとしたどうしようもなさを歌うという、チグハグな感じは好きですが。

サビ前までの歌詞の内容としては、ある女性が母になった後、母だけではなく女性でもあり続けようと努力したのに、旦那は他の女性になびいてしまい離婚の危機に陥るといったもの。努力が報われるとは限らないという人生の、男女の悲しさですね。

これが担降りとどう関係するかというと、歌詞の主体をジャニーズアイドルに置き換えていただければすぐにわかっていただけるのではないかと思います。そのままです。

自分に期待されているであろうことを汲み取り、自分をファンのために作り上げたのに、ファンは離れていく。求められていたはずのものを作り上げた、ファンの期待に応えたはずなのに、ファンは離れていく……こういうことを書いていると胸が痛んできますね…。偶像であることから生じる苦しさというのでしょうか。(先日、シゲさんの『ピンクとグレー』を読んだので、芸能人について考えるとどうしてもペシミスチックになりがちな今日この頃です。)

くどくどと解釈を書こうと思ったのですが、言葉が出てこないのでここについては飛ばします。視点の転換が全てかなと思うので!言葉足らずですいません。

 

そして、世間へ怒りというのは「人の不幸が蜜なんて 人間をやめなよ」という部分を見て考えたことです。この歌詞、すごく刺々しいですよね。

アイドルのスキャンダルは今も昔も絶好のネタとして扱われています。私がパッと思い付いたのは2005年ごろのKAT-TUNですかね。ごくせん2を境にさまざまな週刊誌やゴシップ紙などからいろいろと書かれるようになり、世間のネタになりました。赤西くん亀梨くん蒼井さんの話とか、亀梨くん小泉さんの話とか、赤西くん上原さんの話とか、赤西くん西山さんの話とか懐かしいですね…本当かどうか知らないし覚えてないけど、じんかめ追い掛けられすぎだな……。笑(そういえば、チキンバスケッツの中にも週刊誌に掲載されたことのある人がいますが、彼らを批判する意図があってこの話を出したわけではないので、そのことだけご承知おきください。)

週刊誌に書かれるということは真偽を問わず、アイドルにとって致命傷になり得たりイメージダウンに繋がったりする場合もあり、「不幸」なわけです。一方で世間は、週刊誌に書かれたことを、真偽を問わず嬉々として話のネタにします。つまり「蜜」なわけです。苦しみながら虚像を演じているのにそんな自分の「不幸」を「蜜」として楽しんでる世間が許せない、というアイドルである彼らのドロっとした怒りが集まった結果がこの歌詞かなと思います。怒りが集まり、そこに苦しみまで乗せられたからこそ「人間をやめなよ」という過激な提案になってしまうわけです。また、アイドルが歌うからこそ「人間をやめなよ」にすさまじい怒気を感じるのかもしれません。

 

余談ですが、この歌詞の少し前にある「一寸先は闇だから」はすごくジャニーズJr.っぽいです。ここの部分は勝利くんが歌っていることより、ジュニアの人たちが歌っていることで説得力が増しています。そんな状況でも人生懸けて、少なくとも青春懸けてやってるのにそんな俺たちの「不幸」を楽しむなよ、という風にも読み取れる気がしてきました。怒りもあるかもしれませんが、悲しいからそんなことはしないでほしいと、ファンに対して哀願しているようにも感じられます。

 

 

駆け足できてしまいましたが、こんなところで!

『私のオキテ』、デビュー組とジュニアが一緒に歌っていることで解釈もごちゃごちゃになってしまいました。論理も飛躍しまくりだった気がします。すごく読みづらかったと思います。すいません。

がさっとまとめてしまうとするならば、やっぱりこれは『ジャニーズアイドル』の物語なんだろうなと思います。『私のオキテ』、結構好きです。神宮寺くんの女装がが地味にかわいいなぁと思います。笑

もし認識が足りていないところなどがあれば教えていただけると幸いです。

ではでは!

 

 

 

*1:2013年10‐12月放送のテレビドラマ『49』内のユニット。主演の佐藤勝利くんとジャニーズJr.数名で結成

*2:ドラマ本編では6人だったようですが、少クラで歌っていた人数でカウントさせていただきました