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シンメに関する卒論の話②自我形成の過程と4つの要素

1年以上の間が空いてしまいましたが、「シンメとアイドルの自我形成をめぐる卒論」のまとめを、またつらつらと書いていきます。

 

ginzagin68.hatenablog.com

 

 

これの続きです。

最近、セクゾやB少年などなどの影響でシンメ厨っぷりが加速しているので、まとめを再開することにしました。

ちなみに、ゼミの教授には卒論を楽しく読んでいただけたのですが、「情熱と力業で多少強引に論を組み立てたよね(笑)」という評価も受けました。笑 もっと本読めばよかった……!

ということで、論自体に粗が目立つと思いますが、本も資料も今手元にないので、悲しいことにどうしようもできません……。笑

ということで、卒論まとめ2回目、始めていきます!

 

 

★自我とはどうやって形成されるのか?

「アイドルはどのようにアイドルとしての自我を形成していくのか」という疑問を提示したところで終わった1回目。

そもそも人間の自我はどう形成されるのかを話してから、アイドルとしての自我形成について考えていきたいと思います。

 

人間の自我が形成されていく過程には「鏡像段階」というものがあります。それについて、『知の教科書 フロイトラカン』(2005、講談社)では以下のように説明しています。

人間は他の哺乳類に比べて神経系統が未発達な状態で生まれてきます。そのため、乳児はあらゆる器官の統一を持たず、バラバラな身体感覚の中で生きています。つながりがないわけです。そのような状況下で、乳児にとって鏡に映った像(=鏡像)は、無統一な身体感覚を流し込む「容れ物」として現れます。

それから、乳児は鏡像を自己とみなし、鏡像と「同一化」することで、未完成の身体的統一を「先取り」し、身体の原初的寸断から解放されます。そして、「自我」が形成されるわけです。

鏡像段階の具体的な例としては、母親と子どもの関係性が挙げられます。

さらに、同書では鏡像段階を「自我の根底に他者を住まわせる契機」としています。

 

 

鏡像段階を構成する4つの要素

それでは、シンメとアイドルの自我形成をめぐる問題を考えていく上で使っていく、ラカンの「鏡像段階」について説明していきます。

ラカンの考えた鏡像段階には4つの要素があると、『ラカンフロイトへの回帰―ラカン入門』(2002、誠信書房)では述べられています。

  1. 器質的な次元の欠陥
  2. 通時性
  3. 統一化された全体性
  4. リビドー

では、一つずつ追っていきます。

 

①「器質的な次元の欠陥」

これは、人間の神経系統が未発達なままで生まれてくることから生じる状態のことを指します。他の哺乳類が本能によってさまざまなことを人間より早く遂行できるようになります。対して、人間の子どもは生きていくために必要なほぼ全てのことを他者から学ばねばなりません。

言い方を変えれば、他者に教えてもらったり他者の言動を真似したりしなければ生きていくことができない、ということです。また、教えてもらうだけではなく、教えてもらったり真似したりしたことを自力で出来るようになるまでは、他者からの世話も欠かせません。つまり、人間の生存は他者へ依存している状態にあると言えます。

 

②「通時性」

子どもが他者を見ることで自らの未来を予見し、その対象と同一化していく流れを指します。子どもは他者に教えてもらったり、他者を真似したりすると述べましたが、それが可能なのは視覚が他の能力よりも発達しているからです。裏を返せば、他の能力は視覚の発達レベルから遅れをとっているということでもあります。

この視覚の優位性が、他者の身体に自分の身体の未来を見ることを子どもに許しているわけです。そして、視覚の優位性によって子どもは他者のイメージに魅了されるようになり、他者の動作を子ども自身の中に取り込もうとします。やがて、子どもはその動作を自らのものにします。この過程をラカン「対象との同一化」としました。

「同一化」はシンメについて考える際に、重要な要素になります。

 

関連として、『改訂版 フロイド選集・4 自我論』(1970、日本教文社)で述べられている同一視に関する部分を引用しておきます。

 「幼い男の子が、父親にたいして特別の関心をあらわすことがある。つまり、自分も父親と同じようにありたいし、またそうなりたい(中略)という関心である」

 この部分は、通時性を表している事例だと言えるでしょう。

 

③「統一化された全体性」

自我を獲得する前、神経系統が未発達であるがゆえに身体が寸断されているような感覚にある子どもが、鏡像の中で初めて自分を全体的に見るようになり、自己の身体を統一されたものとして認識するようになる流れを指しています。

鏡像は、時間的、空間的連続性を持った自己の身体の統一された感覚の基盤となるものです。

  

④リビドー

欲動のエネルギーがある特定の対象、または観念に投入されている状態が鏡像段階に含まれることを指しています。②では視覚の優位性について、対象との同一化を促す役割を果たすと述べました。それに加え④では、視覚の優位性が子どもに「同類のイメージ」を汲み取らせることを明らかにしています。

 

同類のイメージは子どもを歓喜させるものです。一例として、視覚を用いて認識した対象物を自らと同類と認めたときに子どもは、「アー」と歓びの表現をなすことが挙げられています。なぜ喜ぶのかというと、同類のイメージを愛しているからです。

 

そして、子どもは目で見て同類と認めた対象物と自らを比較するとき、統一性を獲得するのと同時に、運動の自由や支配といった自分に欠けたものを見出します。これは②と似通った部分があります。ですが、②は「将来の自分の姿」、つまり未来に重きを置いています。対して④は、「自分に欠けているもの」、つまり現在に重きを置いています。

 

また、同類のイメージは形態形成能力を持ちます。形成ということは、イメージを受動的に反映するだけではなく、そこから何かを作り出して成立させるということです。鏡像段階は自我形成のプロセスであることから、ここでは同類のイメージが自我を生み出すものとします。

 

 

以上、述べてきた4つの要素は

★アイドルがシンメを組むこと

★アイドルとしての自我が形成された後、シンメ二人の関係性がどのように発展していくのか

というところと密接に関わっています。

 

さて、次回は!

アイドルとしての自我が形成されていく上で、「尊敬する先輩の存在」はどのように関わってくるのか?

ということについて、書いていきたいと思います。

 

それでは!